FAZER LOGIN「何? 奇跡の力を披露してみせろとおっしゃるのですか?」宰相が腕組みしながら私を見た。「ええ、そうです。本当に『聖なる乙女』と言うのであれば、奇跡を起こすことくらい可能でしょう?」「だが、その機会を我々から奪ったのは陛下とクラウディア様。あなた方のせいではありませんか? 折角カチュア殿の祈りで『ソリス』の町に雨を降らそうと思っていたのに陛下によって妨害された。そしてあまつさえ、クラウディア様。貴女が怪しげな魔術で水を蘇らせたのですよね?」宰相の話にカチュアはその通りと言わんばかりに頷く。「リシュリー宰相……。アルベルト様が申し上げていた通り、日照りが続いている状態で火を燃やすなど危険極まりない行為です。本当に奇跡の力を持っているのならば、別に火を燃やす必要も無いのではありませんか? わざわざ山に登り、祈りを捧げなくとも、あの場で祈れば良いだけの話です」 「な、何ですと……」「それに何故私が水を蘇らせれば、怪しげな方法になるのですか?私が魔女という噂を流したのはリシュリー宰相、貴方なのではありませんか?」宰相は顔を真っ赤にさせて、身体を震わせながら私を睨みつけている。ついに言ってしまった……。回帰前と同じ運命を辿らないように、この国で静かに生きようと思っていたのに。いずれはアルベルトとカチュアが恋仲になるだろう。そのときを見計らい、彼と離婚をして国に帰ろうと思っていたのに……。幼い弟、ヨリックの待つ『レノスト』へ――突然、宰相が私を指さしてきた。「そうですか。ではクラウディア様、貴女はひょっとすると自分が『聖なる乙女』だとでも言いたいわけですかな?」「そんな事は一言も話してはいませんが?」一体、宰相は何を言い出すのだろう? あまりの話に目を見開く。「リシュリー様! 何を言うのですか!?」慌てた様子で声を上げるカチュア。しかし、宰相はカチュアの訴えが耳に入らないのか話を続ける。「良いでしょう……。それならカチュア殿が『聖なる巫女』である証拠を見せればよいのですな? では賭けを致しましょう」「賭け……?」「ええ、そうです。賭けですよ。カチュア殿が奇跡の力を見せることが出来れば……そうですな? クラウディア様を罪人として処罰させていただきましょう。『聖なる乙女』と神殿を侮辱したと言うことで……」「リシュリー宰相! 何てことを仰る
その声を聞いた途端、憂鬱な気持ちがこみ上げてくる。「リシュリー宰相……」 マヌエラが眉をしかめて、その名を呼ぶ。「クラウディア様。ごきげんよう」背後から挨拶をされて、振り向いた。「ええ、リシュリー宰相。こんにちは」挨拶を返した途端、 宰相は早速文句を言ってきた。「クラウディア様……こう言っては何ですが、もう少し侍女教育をきちんとされた方が良いのではありませんか?」「……何ですって?」私は宰相の目をじっと見た。「良いですかな? 仮にもカチュア殿は、この国の『聖なる巫女』なのですぞ? それを知っての上で、今の発言をこの侍女がしたのであれば大問題ですぞ。神殿を馬鹿にしているとしか思えませんなぁ? あまり無礼なことを言うのであれば、それなりの処罰を与えなければ示しが付きませんぞ」宰相の口元に意地悪な笑みが浮かぶ。その言葉にマヌエラの表情が青ざめる。私のことはどう言われても構わない。けれど、マヌエラにまで酷い態度を取り、挙げ句に処罰を与えるなど……。 流石にもうこれ以上は黙っていられなかった。「リシュリー宰相。一つ尋ねますが……そこにいらっしゃるカチュアさんが本当に『聖なる巫女』である証拠はあるのですか?」「何と罰当たりなことを言うのです! それはこの国には啓示があるからです!『空に虹色の雲の現れし時、この国に富と反映をもたらしてくれる『聖なる巫女』が現れると! そして確かにその時に。彼女は神殿の前で倒れていたのですぞ!」「はい、そうです。私は突然この国に召喚されてきました」宰相の言葉にもっともらしく頷くカチュア。「それだけのことで『聖なる巫女』という証拠になるのですか? 大体、彼女が神殿の前に現れた瞬間を見た人物がいるのですか? 証拠はあるのですか? 口先だけなら何とでも言えますよね?」今迄何を言われても黙っていた私が、まさか言い返すとは思わなかったのだろう。宰相の顔が怒りの為か真っ赤になる。「酷いです……クラウディア様。私は全く見たこともない場所に突然召喚されたのですよ? だから不安でたまらなくて……少しでも皆に受け入れてもらおうと頑張っているのに……。クラウディア様とだって仲良くなりたいので、お茶にお誘いしたのにそのような言い方をするなんて……」一方のカチュアは涙ぐんで私を見ながら訴えてくる。そして、それを避難してくるメイ
美しい中庭に面した回廊を歩いていると、賑やかな声が聞こえてきた。「誰かいるのかしら?」綺麗に刈り込まれた緑の芝生の先に、赤い花が所々に咲いている垣根がある。賑やかな声はその垣根の向こう側から聞こえている。「え? ええ。実は……」その時、私の目に石造りの美しいガゼボに4人のメイド達と一緒にお茶を楽しんでいるカチュアの姿があった。「カチュアさん……」思わず足を止めてその様子を見ると、マヌエラが眉をしかめる。「全く、あの方は……図々しくも自分がお気に入りのメイドたちとあのガゼボでお茶を飲んでいるのですよ? あそこは亡くなられた王妃様がお気に入りの場所だったのに……」亡くなった王妃……。アルベルトの母親だ。確か彼女は戦争が始まる数年前に病で亡くなられていた。するとカチュアが私の姿に気付いたのか、立ち上がって手を振ってきた。「まぁ! なんて図々しい……! よりにもよってクラウディア様に手を振るなど!」マヌエラの苛立ちが募ってくる。彼女もアルベルト同樣カチュアを良くは思っていないようだ。カチュアはガゼボから出てくると、こちらへ笑顔で向かってきた。「クラウディア様。またお会いしましたね。私達、今ガゼボでお茶を飲んでいたところです。良かったら御一緒しませんか?」垣根の向こうからにこやかに声をかけてくるカチュア。 「そんなことよりも、カチュアさん。そこのガゼボは陛下のお母様がお気に入りの場所だったのですよ? 陛下の許可は取ってあるのですか?」私が返事をする前に、マヌエラが強い口調で責めた。「いいえ? でもリシュリー宰相の許可はいただいていますけど? 私は『聖なる乙女』なのだから、この城の施設は自由に使って良いと言われております」いつの間にかガゼボの中にいたメイド達も集まっており、クスクス笑いながらこちらを見ている。その様子に増々マヌエラの顔が険しくなる。「な、なんて生意気なメイドたちなのでしょう。クラウディア様に挨拶もせず、しかも小馬鹿にするかのように笑う等と……!」すると次々とメイドがこちらに向かって言葉を投げつけてきた。「え? そちらにいらっしゃる方が、敗戦国から嫁がれてきたクラウディア様ですか?」 「あまりにも貧相なお召し物だったので、どなたか分かりませんでしたわ」「ああ、でもまだ婚姻されているわけでは無いので客人ですね
マヌエラが部屋を出ていき、再び1人きりになった私は祖母の日記帳を読み始めた。「う〜ん……なかなか移動魔法のような錬金術は無いわね……」こうなったら、自分で錬金術を生み出さなくてはならないだろうか? けれどそのような経験は無いし、万一失敗すればどのような目に遭うか分からない。過去の歴史に置いて、新たな錬金術を生み出そうとして失敗して多くの錬金術師が命を落としている。中には周囲を巻き込んでしまい、村が滅んでしまった過去があると祖母に聞かされた。 「新しく錬金術を生み出すにはリスクが伴うわね……。万一のことを考えると迂闊に手を出すことが出来ないわ……」大体、私が錬金術師であることは内緒なのだ。錬金術の研究をしたいので、そのための場所を提供して欲しい等、言えるはずもいない。そう言えば……錬金術と言えば、必ず賢者の石が必要になってくる。アルベルトが左薬指にはめてくれた賢者の石をじっと見つめた。「何故、この国に賢者の石があるのかしら……」ひょっとすると、この城には錬金術についての本があるかもしれない。もう一度図書館に行ってみる価値はありそうだ。 その時、扉のノック音と共にマヌエラの声が聞こえてきた。『クラウディア様、よろしいでしょうか?』「ええ。どうぞ、入って」「失礼いたします」 マヌエラが部屋に入ってきた。「どう? トマスとザカリーが今どこにいるか分かった?」「ええ、分かりました。今から御案内致します」「ありがとう」「ではまずトマスという方の所へ御案内致します」「ええ、お願いね」私はマヌエラに連れられて部屋を出た。****「トマスさんは城内に在籍する薬師たちと共に働いているそうです」長い回廊を歩きながらマヌエラが説明してくれる。「そうなのね。彼は『エデル』で薬師を目指したいと話していたから……夢が叶って良かったわ」「はい。本来城内で薬師として働くのは熟練者でなければ難しいのですが、陛下のお力添えで彼はここで働くことが出来ました」「え……? アルベルト様の……?」マヌエラの話は驚きだ。まさかアルベルトがトマスを採用したなんて……。「最初は周囲からよく思われていなかったようですが、彼は中々薬の知識に長けていて、今ではすっかり打ち解けて仕事に励んでいるそうです」「そうなの? それは良かったわ」思わず笑みを浮かべ
「陛下とはお話がはずみましたか?」歩き始めると、すぐにハインリヒが尋ねてきた。「え? ええ……そうね」とてもはずんだとは言えないが、別に正直に答える必要も無いだろう。「そうですか。それなら良いですが……陛下を失望させるようなことだけはなさらないようにして下さい」まるで釘を差すような言い方だ。私がアルベルトを失望させる? まさかそれは無いだろう。アルベルトの方から私を失望させることがあったとしても、私からなどありえない。「陛下は……クラウディア様には何も仰っていないと思いますが、ずっと待ち望んでおられました」ハインリヒがポツリと言った。「え? 何を待ち望んでいたの?」「お分かりにならないのですか?」何故か苛立った様子でハインリヒがこちらを振り向く。「え? ええ。ごめんなさい、何のことか分からないわ」「ならいいです。ただ、貴女の地位は絶対的なものだとは思わないことです」「そうね。自分の置かれている立場くらい分かっているわ」「……別にそのような意味で申し上げたわけではありませんが……」ハインリヒはそこまで言うと足を止めた。「お部屋に到着いたしました」「ありがとう」いつの間にか、自分の部屋の前に着いていた。「それでは失礼いたします」「ええ、送ってくれてありがとう」「……任務ですから」 ハインリヒはそれだけ告げると、一礼して去っていった。 パタン…… 部屋の扉を閉めると、私はすぐにライティングデスクから祖母の日記帳を取り出した。あのヨミという魔術師は魔法陣を描いて【ポータル】を作り出した。簡単に行きたい場所に移動することが出来る魔術。錬金術にもそのような術があれば良いのだけど……。パラパラと祖母の日記帳をめくって、探し始めた――****「ふ〜……。中々見つからないわね……」時計を見ると午前10時を過ぎたところだった。そろそろ部屋にリーシャかエバが来る時間だ。「何だか疲れたわ……少し休憩しましょう」 引き出しに日記帳をしまい、鍵を掛けたところで扉がノックされた。――コンコン『クラウディア様、いらっしゃいますか? マヌエラです』「マヌエラ? どうぞ」彼女が来るとは珍しいことだった。「失礼いたします、クラウディア様」扉が開かれ、マヌエラが姿を現した。マヌエラはお茶のセットをトレーに乗せていた。「あり
その後も、何故かアルベルトは不機嫌だった。 今のアルベルトは回帰前の頃の彼のように見える。視線も合わすことなく、一言も話さずに食事をしているので、私も黙って食事を続けた。下手に声をかけて益々彼の機嫌が悪くなるくらいなら、いっそ無言のまま食事をしたほうがずっといいに決まっているのだから。 そんなに不機嫌になるなら、いっそ私と一緒に食事を取ろうなどと望まなければ良いのに……。私は心の中でため息をついた―― 食事が終わり、目の前に座るアルベルトを見ると何か考え込むかのように紅茶を口にしている。すると私の視線に気付いたのか、アルベルトが声をかけてきた。「食事が終わったのか?」「はい、頂きました。では私はこれで失礼いたします」立ち上がり、挨拶をすると彼に背を向けて扉へと向かった。「クラウディア、待て」その時背後でアルベルトが立ち上がり、こちらへ歩いてくる気配を感じた。次の瞬間――突然背後から抱きしめられた。え? 一体何!?「ど、どうしたのですか? アルベルト様」私の問いかけにアルベルトは益々強く抱きしめてくる。そして髪に顔をうずめ、まるで縋り付くかのように語りかけてきた。「クラウディア……。まさか領地へ行ったまま……国へ帰ろうと思ったりしてはいないよな?」一瞬、その言葉にドキリとした。確かにいずれはアルベルトと離婚をし、国へ帰ることを考えてはいたけれどもそれはまだ先のことだ。「そんなことは考えてもおりません。私は本当にあの後の領地がどうなったのか、気になるので様子を見に行くだけですから」「そうか……。他にもう一つ、聞きたいことがある。『アムル』でお前が会いたいという人物はドーラという老女だけか?」アルベルトは未だに私を抱きしめたまま尋ねてくる。「い、いえ……確かにドーラさんには会いたいですが、それだけではありません。村人全員に会いたいと思っています。皆さんが今どうしているか知りたいからです」「分かった……ならいい」ため息をつきながら、アルベルトは身体を離した。「てっきりこの国にもう嫌気がさして、国に帰りたいと思ったのではないかと思ったのだ。何しろ……ここにはお前を敵視する者がいるし、得体のしれない女もいるからな」振り返って見上げると、アルベルトはどこか不安そうな顔で私を見つめている。彼の瞳には私の姿が映り込んでいた。







